日誌

45歳で開業した店にはじめてお客さんが来てくれた

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boutiqueloisirの始めての営業日は、非常にまったりと過ぎていく。オープンは12時、クローズを18時と決めたのは私だが、オープンしているのかどうかもわからないくらい人が来ない。前の職場で懇意にしていた一部の方にしかお知らせしなかったこともあり予想通りのスタートと言える。土曜日というと、平日よりはかなりお客様が動く曜日なのだが、店内は相棒と2人だけのなんともやり切れない空気が漂っている。時折、店の外からカッカッとかヒィッとか山の鳥が鳴く声が聞こえるのみで肝心の人間のお客はなかなか姿を見せない。ふと、入り口近くにいた相棒と目が合い、お互いに苦笑いとなる。以前勤めていた店でも、かなり暇な日はあったがまだ人が来る気配はあった。しかし、今は人の気配そのものが全くない。時折、店の前の道路を古ぼけた音を出しながら軽トラックが通っていく。

12時半を過ぎたころ、正面の駐車場に白いフォルクスワーゲンのPoloが停まり、女性が店にやってきた。入店前から相棒と2人でつい、にやけてしまう。前の店からの顧客の三井さんは、歳の頃は50代前半、すらっとして無駄のない体型で実際よりも身長が高く見える。少し茶の入った髪をショートヘアーにした上品な奥様だ。
「いらっしゃいませ。」
と2人で思わずハモリながら出迎える。
三井さんは、手に小さなサボテンの鉢植えと菓子箱を持って、
「来ちゃいました、このたびはおめでとうございます。」
と、それを相棒に差し出す。
「お祝いを何にしようか迷ったんだけど、あんまり目立つものだと困るかもしれないから控えめにしといたから…。」
当店の最初のお客様は、自信なさげに持参した鉢植えを見つめる。
「ありがとうございます。ちょっと緑が少なくて丁度良かったです。枯らさないように育てますから、安心して下さい。」
私がそう言いながら、受け取ると三井さんもホッとしたように笑う。相棒が、
「記念すべき初めてのお客さんですよ。」
と言えば三井さんも、
「お二人がどんなお店をされるか、楽しみだったからお仕事だったけど休んで来ちゃいました。」
と嬉しい言葉を言ってくれる。私が、
「三井さん、今日は貸し切りにしますからウチの予算分お願いします。」
と茶化す。相棒がすかさず、
「とりあえず見てほしいやつがあるんでこっちです。」
と、サボテンと菓子箱を私に押し付けながら冬物のニットの置いてある場所に三井さんを促してエスコートしていく。
「ごゆっくりどうぞ、本当にありがとうございます。」私がそう言うと三井さんも苦笑いしながら店の奥に連れられていく。

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感想(2件)

三井さんは、看護師をしていて前の店からの常連さんだ。相棒とはプライベートでランチに行ったり、夜遊びをする仲でご主人や娘さんともお買い物に来てくれる素敵で可愛い奥様である。私達が前の店を辞めるときには、とても驚かれて残念がられた分、新しい店を始めることを報告した時には我が事のように喜んでくれた。私達が新しいお店を始める報告をした数少ないお客さんの1人である。

外は相変わらず良い天気で、締め切った店内はムンムンして少し汗ばんできた。暖房の温度を1度下げて、入り口の引き戸を少し開けると引き締まった冬の風が店内に入り込む。相棒と三井さんの談笑を聞きながら、入り口から店内をぐるりと見渡す。店の大きさはストックルームやフィッティングルーム、レジカウンターを含めて10坪ほどの縦長な敷地、とにかく最低限のスペースにした。入り口の引き戸を開けると、まず目に飛び込んでくるのは、合板にスチールの脚を取り付けた長方形の平台である。そこに柳宗理のセラミックの皿、パンチングボウル、ボウル、ケトル、片手鍋などの日用で使う雑貨達と、自分が読んで気に入った本が数冊。向かって左手に音楽CDの陳列とレジカウンターがあり、右手の手前から奥に向かって洋服が並んでいる。入り口の平台の奥には、作家物の器と、洋服の棚があり、棚の手前にあるアンティークの縦型のアクセサリーケースが存在感を放っている。いずれの商品も相棒と使ってみたり、着てみたり、聴いてみたり、読んでみたり、何かしらお気に入りポイントがあるものを選ぶようにしている。

「boutiqueloisir」はフランス語で、暇な雑貨店となる。あんまり、褒められたネーミングではないが、店のあるロケーションを見たら納得してもらえるだろう。岡山市最北端の建部町にある祖母の実家を改築して完成したのが、boutiqueloisirである。周りは、山に囲まれて人家との距離も近いところで100メートルと、いわゆる過疎の集落のど真ん中に存在している店である。つまり、近所は田舎のおじいちゃんやおばあちゃんばかりで、普通の人なら、商売をしようなどとは決して思わない場所ということになる。以前勤めていた会社の店は、もちろん市内の中心部にあり通行客も多く賑やかな場所にあった。繁盛しなければ、生活はできないことも理解しているつもりだったが、あまりにも理解に苦しむ、いわばお客様を無視した品揃えに嫌気が差していきていた。働くスタッフが自分で使いたいと感じる商品を販売できないということに素朴な疑問を感じて、何度も改善を要望したのだが、会社には相手にしてもらえなかった。議論の中で言葉に窮すれば、社員の生活を守る為の一点張りで、結局分かりあうことができなかった。私も相棒も、単なる金儲けの手段としてこの職業を選んだ訳ではなかった。大好きな洋服を着てお客様に買ってもらう、こんな単純なことも叶わない会社ではこれ以上学ぶことはないと判断したのが40歳の時で、そこからは45歳での独立に向けて試行錯誤の日々が続いた。

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感想(0件)

レジカウンターでパソコン仕事をしながら、時計を見れば、13時40分を過ぎたところで店内の2人の会話がお会計に近づいているようだ。店の奥まったところから2人がレジカウンターに近づいてくる。相棒の手の中の、アイルランド製のピンク色のニットとイタリア物の白いタートルネックカットソーが本日の三井さんの戦利品となる。
「今日の買い残しはないですか?」
私が再び茶化すと、
「今日はこのあたりで勘弁してくださいよ。」
と、三井さんもおどけたように笑顔で返してくれる。店は不便な場所で、似たような物はネットでいくらでも買えるのだが、わざわざ様子を見に来てくれた三井さんの気持ちが本当にありがたい。相棒も、
「三井さんに久しぶりに会えて良かったです。ここ遠いでしょ?」
三井さんは財布を鞄から出しながら、
「ちょっとだけ遠いけど、ドライブしながら今日はどんな物があるか想像してたらすぐ着いちゃった。やっぱり良いやつがあったから来てよかったわ。」
と、女の子みたいに目をキラキラさせながら嬉しいことを言ってくれる。私も、
「三井さんが好きそうな物が入荷したら、連絡しますんでまた来てくださいよ。」
と添えておく。相棒がお会計を済ませて、商品の入ったエコバッグを持ってカウンターから出てくる。boutiqueloisirのロゴが入った大きめのキャンバスバッグはオープンのノベルティとして用意した特注品である。
「あら、可愛い。」
と三井さんが目を輝かせ、
「やっぱり来てよかったわ。また、お買い物手伝ってね。」
と言い残して出口に向かう。相棒が商品を持って引き戸に手をかけ、三井さんを送り出す。私も続いて店の外に出て相棒と三井さんを見送り、最後に2人でありがとうございましたと頭を下げる。三井さんは車の窓を開けて、小さな手を控えめに振って、さよならをしながら走り去っていった。

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