日誌

45歳で開業した田舎の店は暇な日が多い

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日が暮れて、急激に外気温が下がり店内も冷え込んできた。月曜日の日没を迎えて店内は、ひっそりと静まり返っている。夕方の5時前だが随分と日没の時間も早くなり、大きな暗幕で覆ったように店の周りは真っ暗になった。昼から降り続いていた雨が止んだのが4時くらいで、一時は夕焼けまで見えていたのが嘘のようだ。
相棒が夕飯の買い出しに出かけていって10分ほどが経過していた。家の近くのスーパーは車で5分だが相棒の買い物は特に時間がかかる。相棒は最小限の出費で最大の成果を狙うことに喜びを感じるタイプで、正直私の目には時間の浪費に思えてならない。ただし、台所のことは全て、相棒に任せているので余計な口出しはご法度である。

店を始めて今日が3日目のとなった。明日と明後日は火曜日、水曜日を定休日と決めているので、久々の休みとなる。土日は、新規オープンということもあって、ご祝儀的な要素もかなり含まれる2日間で慌ただしく過ぎていったのだが一転して、予想通り平日の月曜日にわざわざこんな田舎まで遊びに来る物好きはなかなかいない。ネットで少し注文が入っていたことを除けば、売上はゼロということになる。1人も入店がないままに今日という日が暮れていくのを見届けるのは、なんとも情けない気分にさせられる。田舎で店を開くに当たってはこのような事態は、想定の範囲内ではあったが、いざ現実を目の当たりにすると、そこはかとない不安を感じてしまう。

そんな1日でもあったので、今日の仕事はブログ用の記事の執筆が中心となり、残念ながら非常にはかどってしまった。今回の記事では、boutiqueloisirでも販売している一冊の本をピックアップした。この作品は、私のバイブルとも言える一冊でこの本との出会いがなければ、私達が田舎で店を出すという発想には至らなかった。下町で、小さな店を営みながら、仕事を通じて周りの人と絆を深めながら生きていくといった内容である。初めて読んだときに、作中の時間がゆっくり流れていく日常と、仕事を接点にしたほっこりエピソードに何とも言えない魅力と憧れを覚えた。いずれは、本に出てくるような店を出すことが私の目標となり、時間はかかってしまったが何とか実現させることができた。"人と関わりながら、自分達が納得のいく商品と非日常の世界を提供することにこそ店の価値がある"というのは私の持論だが、前の会社では随分と鬱陶しがられた論理のようだった。そんな綺麗事では会社を守れない的な意見をよく言われたものだ。今は実現できない理想であっても、近づく為に努力をしていくことはできるはずなのだが、理想の姿はいつまで経っても平行線をたどり、退職前には大きく反比例していく有様だった。

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感想(15件)

日は完全に暮れて、止んでいた雨がまたぱらつき始め、パタパタと屋根を叩いてくる。カウンターから引き戸越しに外を見ても表の道路は行き交う車もなく、自分一人が取り残されたような感覚に襲われる。作業の終わったノートパソコンの前で、しばらく昔話を思い返していると表の駐車場に車が入ってくる物音が聞こえてきた。相棒が帰ってきたようだ。カウンター内の椅子から腰を上げて、店の脇にある土間から玄関を開けて出迎える。相棒が、
「急にまた降り出すけぇ、往生したわぁ。」
とヒイヒイ言いながら、土間に突進してくる。私は、相棒の通るスペースを開ける為に横向きになりながら、私は、
「おかえり、ご苦労さま。やっぱ持っとるなぁ、帰り道に合わせて降らせるとは。」
と労うと、
「もう、ほんまよぉ。」
とイライラしながら相棒。大きなエコバッグをえっちらおっちら左手の小上がりにぶち投げる。相棒はコートについた雨滴を手で払い、
「今日は一人も来ないよなぁ。」
と独り言なのか、問いかけなのか分からないような声でつぶやく。私も、
「こんな日もあるやろ、ネットではちょろっと売れたしなぁ、発送準備だけしとかんといかんな。」
相棒が、
「閉店までまだ30分くらいあるから、そっちはやっとくわ。とりあえず、アイスが溶けるから仕舞ってくる。」
と、靴を脱いで家のほうに入っていく。私のほうは、無人の店に戻ってカウンター内の椅子に座り直して、店仕舞いの準備を始める。今日の売上をパソコンの台帳に入力すると、レジは稼働してないのでそのままにしておく。相棒がスーパーで買った食材を冷蔵庫にしまってから店に入ってきた。彼女は明日の朝一でお客様に発送する荷物の段取りを始める。割れ物を手際よく梱包材で包み、手書きのサンキューレターを添えてから荷物の口を閉じていく。私は、パソコンでお客様にお礼のメールを送り、電話で配達業者に明日の午前中での荷物の集荷を依頼する。そうこうしている内に時計の針は6時を指して、boutiqueloisirは本日の閉店時間をむかえた。私は、表の引き戸の鍵を閉めてからベージュのロールカーテンを下ろす。

私はかなり以前から、会社を辞める決意をしていて、何度か相棒にもその話をしていた。彼女はいつもそれに対して反対することはなかったが、積極的に賛成することもなかった。天邪鬼な私の性格的に、反対すれば逆に退職を誘発してしまうし、賛成すればこれもまた一気に私が退職に向けて動くことになると踏んでいたようだ。思えば、その通りで彼女は実に巧妙に私をコントロールしていたと言える。実際に、私が退職の話を最初にしてから約10年後に今の店が誕生することになるので、開業の資金や経験面での準備期間は相棒によって作られたに等しい。10年前は、長女が中学2年、長男が小学校を卒業するタイミングであった。相棒としては、私の話を聞いてギョッとしてこう思ったに違いない。
"おいおい、急に何言い出すかと思って聞いてれば、子供達はまだまだ小さいし今から学校のお金もどんどんかかるし、店を出すって言ってるけど何だか勉強不足でやっても上手くいきそうにないし、そもそもどこにそんなお金があるんだろう、とにかく生活できるのかどうか、あーどうしよう。でもへそ曲がりだから、あー言えばこー言うし、辞めちゃいなって言ったらすぐにでも辞めそうだし、本当にどうしよう、困った。"
そして、相棒はサーカスの綱渡りのごとく絶妙なバランスをもって私の決意に対して常にフラットな立場を貫いてきた。そして、それとなく私がどんな店をやりたいのか、どんな場所でやりたいのか、どんな商品を扱ってみたいのか、生活できるだけの収入が確保できるのか、など慎重に言葉を選びながら、私を誘導して、資金の準備や店の運営に必要な経験を積む時間、店の全体像をはっきりさせる時間として10年間を見事に稼いだことになる。さながら、これもサーカスの猛獣使いの如くである。10年前にほぼノープランで開業していたらと思うと、今更ゾッとしてしまうということは、彼女がboutiqueloisirの開店においては、最大の功労者ということが言えるだろう。

作業を終えた相棒が腰に手を当てて、ふぅっと息をついてから、
「お疲れ様でした。今日は、何がええ?」
この何は、晩ご飯のことだが、
「何ができる感じ?」
と問い合わせると彼女は、
「肉があんまりない鍋ならできる。」
と即答だったので、
「さっき、買い物行ったよなぁ。なんで肉ないかなぁ。ケチ。」
と私が冗談半分でやや不満気につぶやくと、
「肉団子はある。」
彼女は冷酷に、私の不満をピシャリと叩き潰してくる。
「じゃあ、それで。」
ささやかな抵抗も虚しく私はついに観念して相棒にオーダーを入れた。ちょっと今夜は肌寒いから鍋も悪くない気がしてくる。相棒はそそくさと、家のほうに上がって台所で準備に取り掛かる。私は、店の電気を消して土間に向かい玄関の鍵を閉める。相棒が私に、
「コンロ出して!」
と、一声発するのが聞こえてきた。

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